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分福茶釜の独り言

分福茶釜の日々を書きとめた日記

マッチ箱の片隅で。

昔々、殿方に言われた言葉を今日、思い出した。

君はまだマッチ箱の片隅にいるんだよ」と。

一生のうちにどれほどのことを自分で体験し、経験値を増やしていけるのだろうか。それはほんの一握りのこと。

一生にうちに行ける場所、食べられるもの、出逢える人など、ほんの一握り。

ほとんどは、連日報道されるニュース、山のように溢れる膨大な本や資料の内容、人伝てに聞いた話など、情報として得る知識。

理屈っぽいな。理詰めで話したところで何か面白くない。もっとリアルな言葉で想いを書き起こしたいのに。

話しの長いひとりの友人がいて、彼女の話を聞くときは、いつもちゃんと聞くための心の準備が必要だった。長くてイラッとするときも正直あった。けれど、今解ったことがある。彼女が自分の身に起きた出来事や芽生えた感情を、できるだけ正確且つ的確な言葉で私に伝えようとしていてくれているからなのだと。言葉選びはとても難しいものだ。

誤解の生じないようにするために、私が気づいたことが一つある。それは、

自分の気持ち、心の声に素直になること

ストレートになんでもかんでも言葉にすればいいと言う意味ではなく、例えば、見栄や自分を良く見せたくて自分を偽った言葉は、すぐ相手に見透かされてしまうのではないかと思う。心に響かないし、残らない。

話を変えて、今日のお茶会の話のなかで印象的な話があった。私は3人きょうだいの末っ子ですが、末っ子の産まれながらして持っている特権みたいなものは、長男長女として産まれた友人には、ズルさを感じると。幼心に我慢を強いられたり、親の厳しさを感じて?育った友人は、自分の力で得た特権を、それを知らずにひょこっと横取りする末っ子はズルいと。例えば、欲しいおもちゃがあって、欲しいと言えずに我慢したり、念願叶って買ってもらえたのに、末っ子がそれを欲しいがり駄々をこねれば、持っていかれてしまう。

まぁ、一概には言えないよ。親の教育方針は多種多様だろうから、家庭によっては末っ子をしかり我慢させる親もいるだろう。でも友人は、違ったのかな?w

末っ子の私は、姉や兄に比べれば、親に甘やかされて育ったんだと思う。

そんな私に小さな頃、兄は一言こう言った!

大人になったら苦労するぞ!

兄よ、あなたの言葉は正解でした。若い時に苦労するべしとはよく言ったものだと痛感していますよ。